公益社団法人岩手県猟友会

よもやま話

射撃と狩猟

高田猟友会 村上 奈央子

 きっかけは夫の射撃練習についていったことだと思う。子育ても一段落し、何か趣味でも持とうと始めた射撃。面白そうだと軽い気持ち程度でしかなかった。身近に夫の存在もあり、所持許可に至るまでは特に問題はなかった。初めは全く当たらなかった。けれど楽しかった。綺麗に皿が割れたときは気が晴れるが、撃っても撃っても当たらない時は悶々とする。大会慣れする為という名目で、半強制的に各大会に参加した。

 段々と欲が出て上位を目指したくなった。上手く撃ちたいと意識するようになった。身近に名手がいるので相談すると、どこまでを求めているのか問われた。上手くなるには撃ち込み不足なこと、射場に通いつめ何万発と撃たなければ上達しないこと、駆け引きが必要になること等色々と教えられた。どこまでを求めるのか、目的は何だと問われ考えた。自分の場合、優先順位は一番先に家庭だ。金銭面もそうだが、射撃に費やす時間を家庭にも使いたい。考えた結果、無理せずできるだけ楽しく射撃ができればいいという考えに至った。歴が長くなるにつれ、上達はしないが嫌々行っていた射撃ではなくなった。そして気づく。目的はそれだったよなと。

 始めた当初は射撃だけすると断言していたにもかかわらず、あれよあれよと猟友会に所属し狩猟グループに顔を出すこととなった。私が参加させて頂いているグループは、ライフルマンが殆どで、名手ばかり。その中で、へたくそな私がお役に立てると全く思っていない。巻狩りをする際の穴ふさぎの役目を忠実に守ろうと意気込むが、「あそこを逃げれば助かる」と鹿もわかっているようで、なぜか私の「立ち」に向かって鹿が来る。実は穴ふさぎではなく、ここを鹿が逃げるだろうと読んで敢えて散弾銃の「立ち」を配置している先輩方の考えがあるのだが、私は何度も失敗した。逃げ去る鹿は横目で私を見下す。失敗したときは勢子の皆さんと私を配置してくださった先輩方に申し訳なく、ひどく落ち込む。そんな経験をしていくうちに年々しとめる数は増えていった。狩猟は場数が必要と教わってきたが、その通りだと思う。雪山で地吹雪と一緒に来る多頭の鹿、鹿猟に行ったのに親子熊に出くわし寿命が3年縮まったこと、膝まである雪山の登山、二十頭近い鹿に踏まれそうになる等、少なからず経験を積んできた。先輩方から教わることは多種多様にあり、鹿の習性、銃の扱い、山での振舞い方等々を無償で教わる。何十年と掛けて得た経験と知識・情報を惜しげもなく教わっている私達は幸せだと思う。

 私は射撃・狩猟を通して世界が広がった。普段の生活領域の概念からは全く想像できない世界に足を踏み込んだと思う。その結果、それまでの自分の視野が狭かったことに気づかされた。広がった視野の中で、狩猟の為の体力作りにと始めた山菜取り、取ったもの・頂いた命の調理方法を先輩方に聞いて回り研究した。自作の熊汁は人気だ。お陰様でいろいろな人との繋がりが縦に横に増えた。正直面倒な時もあるが有難いと感謝する時の方が多い。やってみて良かったとつくづく思う。これから始めようとする人が身近にいたら私は自信を持って薦められるくらいだ。