公益社団法人岩手県猟友会

よもやま話

夏の熊

紫波郡猟友会 村井 直衛

 なぜか今年の夏は里に現れる熊が殆どいない。

 県内有数のフルーツの生産地である紫波町では、例年、七月から八月にかけては、山際の果樹園芸農家を中心にほぼ毎日のように熊による被害が報告され、町役場の担当課と有害鳥獣対策実施隊が対策に走り回らなければならない季節である。

 人里での熊による人身被害もこの季節に集中し、去年までは四年連続でこの時期に発生している。

 最近の熊は人を恐れるどころか、人里イコール餌場と認識する個体が多くなっていると言われ、年毎に熊による被害が増大している状況の中で、今年は早くも五月に二件の人身被害が発生した。

 一件目は山の中に山菜採りに入った人が出会い頭の熊に襲われた事故だったが、二件目は水田地帯の真ん中に位置している農家のイグネの古木に営巣したニホンミツバチの巣を狙ってやってきた親子熊にその家のご主人が襲われたのである。

 ドクターヘリが出動するほどの重傷だった。

 その時間帯は、現場のすぐ近くの小学校が運動会の真っ最中で家族連れが多数集まっており、二次被害が起こる危険性が高かったのだが、幸い、紫波町の有害鳥獣対策実施隊が出動して二頭の親子連れを発見し射殺したため事なきを得た。

 その後も町の東西の山際の集落で熊の目撃情報が相次ぎ、今年の夏は例年を更に上回る被害増となるのではないかと思わざるを得ないような状況だった。

 しかし、六月の中旬に入ったあたりから、なぜかバッタリと里での熊の出没情報が途絶えてしまったのである。

 例年、電気柵などものともせずに侵入して来る熊たちに散々な被害を受けているモモや早生リンゴの生産農家やトウモロコシ栽培農家などが首を傾げるほどに熊は現れないのである。

 不思議に思い、あちこちに問い合わせてみたところ、隣接する地区や沿岸地区までもが同じ状況だという。

 どうも今年の山の実成りが良いことがその理由のようだ。

 特に今年のブナは大豊作らしく、熊にとってはあえて命の危険を冒してまで里に下りる必要がないということのようである。

  ブナの豊作の年は多くの雌熊が仔を生むといわれている。

  しかし、ブナは豊作の翌年は大凶作になるのが通例である。そうなれば、来年は多くの子連れ熊が大挙して里に現れる可能性が極めて高いことになる。

  それを思えば、いささか憂鬱な気分のこの頃である。