花巻猟友会 会長 藤沼弘文
今から30年以上前である。岩手で唯一鹿猟ができる場所は大船渡市と三陸町だけであった。本州の鹿を捕るにも、最低5人以上でグループを組み、1人1万5千円の大金を払い、寒風舞う前日の深夜、順番取りを兼ねて出猟したものであった。暗闇に車を疾走させ、やっと事務所の前に着く。
事務所の周りはもう鹿を捕りたいグループが大勢であちこちにたむろしている。午前3時を回る頃事務所のドアが開く。はあいこれからくじ引きをするよと声が響く。クループの統領が一斉にくじ引きに走る。
周りから、俺たちのグループは何番だ。オオいいとこ当てたなあ。なあんだ残念、あそこはダメだとあちこちで騒ぎが起きる。
運よくくじ引きに当り、案内の先導で、まだ日が明けない山にいざ出猟である。
当時は今と違ってメスジカの捕獲は禁止である。それでも何とか雄ジカ1頭を仕留める。運が良ければ稀に2頭、本当に捕れなかった時代であった。
その日は運良く大きなオス2頭の捕獲である。その鹿は本当にほんとうに貴重品であった。丸ごと大切にシートに包み大事に持ち帰る。
帰ると、もうそこには情報を聞きつけた猟友が大勢いる。酒、肴を持ち寄り粗末な解体場所に火を灯し、蒸気機関車の如く鼻からもうもうと息を立てて待つ。
どうだった。いやあ凄げえ猟だった。あっちからよう猛烈な勢いで鹿の大群が来たのよ。でもようそこはメスばかりでよう、後からこいつが1頭来たのよ。そこを俺が撃ったのよと得意満面で集まっていた猟友に吹聴する。
俺も何時か行ってみてえなあ。今度行くべしな。連れてってけろよ。よし今度行くべ、と、そこは凱旋将軍を待ち、少しでも早く戦話を聞こうとする民衆のような雰囲気である。
解体の準備に急ごしらえの祭壇をつくる。それは丁寧にていねいに、清酒と塩、捕獲に使った銃、これから解体するためのナイフを供える。
皆で拝んでから解体を始めるのである。獲物の鹿を丁寧に解体する。
肉は行った人も行かない人にも全員で分ける。大勢いるので、自分の手元の小さな弁当箱が余るくらいの肉である。それはもう肉というより破片の塊である。そんな肉でも皆喜んで持ち帰る。皆で分かち合って食べる鹿肉は誠に美味であった。
今はどうだろう。
何、また3頭捕ったって、顎だけ取ってよう、肉は食わねえ投げろ。である。そこには、古来から伝わる狩猟やマタギとしての掟など感じられない。
猟として山から戴いた命を尊び、捕獲し、その肉を分け合い、「いただきます。」の語源の命を頂く。私たちはその命を頂いて今を生る。特に昨今の有害駆除には生の尊厳が皆無になっている気がしてならない。
いま、新しく猟銃を持ち、有害駆除を始めた皆さんに特に分かって頂きたい。
私たちは銃を所持し、人々の生活環境を守るため、増えすぎて、有害鳥獣と化してしまった鳥獣を駆除と言う名目で捕獲する。
狩猟も、駆除としての捕獲も、鳥獣の種の保存と人々の生活環境を守り整えるため、崇高な精神と意識を持って頑張っているのだと自覚して頂きたい。
当然であるが、捕獲した後は、生命を頂くと言う崇高な気構えと精神で食し、また焼却、埋葬するなり、後処理をしっかりして、その生命の魂を成仏させるのである。この神事は自分だけではなく皆で共有しよう。
もう一つ。一番大事な事故の話である。
皆さんご承知のとおり、昨年は久しくなかった死亡事故が岩手で起きてしまった。事故は起こしたくない。当然だが事故は全国で毎年起きてしまう。岩手でも30数年前は毎年のように死亡事故が起きていた。
困り果てた現会長の佐々木洋平氏は、安全狩猟を徹底させるため、他県に先駆け、県内はもとより岩手に狩猟に来る全員に、狩猟者登録時には射撃証明書の添付を義務づけた。当時、かなりのブーイングが出たことを記憶している。
その甲斐あって、岩手県の死亡事故は、昨年の事故まで激減したのである。
今まで起きた事故原因を紐解いてみると、答えは簡単である。
と大別される。
①の場合、矢先の確認など、初歩的なことを何度でも繰り返し確認をする事で防げる。問題は②である。毎回の講習会で耳にタコが出来るくらい初歩的な話をするが守られない。
毎回の事故の教訓から、やってはならない事が明確になっている。
1 銃は常に弾が入っていると考えて持つ。(銃は必ず脱包の再確認をする。)
2 安全装置は不安全装置である。絶対信用しない。
3 これも当然だが、銃口は絶対人に向けない。(矢先の確認)
まずこの三つを何時も心に刻み行動しよう。
私は花巻市クレー射撃場を運営している。来場者は礼儀正しく皆紳士である。
銃に精通している人。久しぶりに銃を手にした人が直ぐわかる。銃に精通している人、安全にことさら気を付ける。これは何時もやっている習わしであろう。
銃を久しぶりに手にした人。稀であるが、ほこりやカビが生えているものさえある。銃身がさび付き、銃が作動しない人もたまに見かける。
折角許可を得た銃である。1年に数回で結構、射撃場で自分の銃に精通し、いたわり整備しようではないか。
銃の安全は習慣で簡単にできる。銃の安全を再度自覚し、楽しい狩猟を悲しい結末に終わらないよう、共に岩手のため狩猟も射撃も切磋琢磨しよう。