山田猟友会副会長 武藤瑞雄
今年も8月に入って一段と蒸し暑く毎日うだる暑さが続き、お盆も後数日と間近になってきた。朝の4時ともなれば朝日も目の高さまで登っている。朝のサブコマーシャルを終えて隣村まで片道24キロもある職場へと一直線。椅子に腰掛けお茶を一杯すすり込み、パソコンを立ち上げながらまたお茶を一杯、その時電話が掛かって来た。地元部落に熊が出没しトウモロコシ畑に被害が出たとのこと、即座に帰って駆除してくれ、冗談じゃねえ、飛行機じゃあるまいし、とつぶやきながら電話を聞いていた。熊は夜行性で人間様が寝静まった時に活動する臆病な動物である。目はさほど良くないが耳と鼻は人間様の何十倍も発達していると聞 いている。音と臭いで生きているも同然である。しかし、突然鉢合わせになったときは凶暴になり、人間様であれ危害を及ぼす生き物である。
午前中は仕事が忙しく行けないので午後に現場で会うことにした。ようやく仕事も一段落したので現場に行って見ると山あいの小さな畑に トウモロコシが植えてあった。面積にして5畝ぐらいの畑である。被害があったって、どこに被害があったのか外見ではわからない。地主に聞いてみると畑の真 ん中に案内された、とその時、ものの見事に畑の真ん中に身の丈以上に伸びたトウモロコシを3メートル四方に敷き詰め、その上に座って実を食べた殻がゴロゴロしているのではないか。
お盆の小遣稼ぎにしたいと思っているさなかと地主は嘆いていた。このことを見捨てる訳にはいかんと思い役場、振興局と有害駆除の許可を申請し、射殺を申し入れたが振興局は許可をくれない。人家も近いので人身事故があっては手遅れである。やむを得ん、山へ追い上げましょうと会員約15名で銃声と花火を鳴らしながら奥山へと追い払った。とは言っても獲物を見たわけではない、一応これで一安心と思いきや、2~3日過ぎてからまた役場へ被害の電話が入って来た。奥山には餌が無いのでいくら追い上げても人里へ帰ってくるのだ。わなで捕獲するより手段は無いとのことから、わなを仕掛けることにし た。狩猟のわなにも許可が必要で資格の無いものは狩猟法違反で罰せられることになっている。ここで当局の番である、資格者は当狩猟会では私だけである。
会員の方々へ指図しながら製鉄のわなをしかけて待つことにした。ただわなを仕掛けただけでは入らない、熊も贅沢である。人間様もそれぞれ好みがあると同じで熊さんにも好みがある。この熊さんは何を好んでいるか聴いてみることにした。
わなに近づきそっと耳を傾けるとゴソゴソと音がしてきた。音で聞き分けるも甲種の資格者ならでは、この熊さんは蜂蜜とブランデーが大の好物であると言っている。早速会員にスーパーから蜂蜜とブランデーを買ってくるように言いつけて待つことにした。待つこと30分、会員がブランデーを持って来て熊さんは本当にブランデーが好きなんですかと尋ねる。これは俺がいただくのだと冗談に言った。しまったやられたと残念がっていた、とはいっても蜂蜜を薄めるのにはどうしても必要なのである、ブランデーを二杯ほど味見してから容器に入れ蜂蜜 と一緒にかき混ぜてわなへ仕掛けた。
二日目の朝である、5時半頃電話が掛かって来た。お盆の14日である、わなの扉が閉まっている、熊さんが入っているようだと被害を受けた地主からの電話である。そのことを聞いて全会員に連絡をしながら現場へと向かった。
わなに近づき覗き穴からそっと覗いてみるとその穴から鼻を覗かせ、フゥーと威嚇してきた。さて、どうするか会員と役場職員で相談しながらこのまま山に放そうか、それとも鍋にしようか、ケンケンガクガク言っているうちに時間が経って来た。
山に放してもそう遠い山も無い、一山越えれば隣の部落へと続いている、放された部落もこれまた困るのである。今日はお盆 で墓参りに行かなくちゃ、それぞれがそう思っても口には出せない。お盆であるのに殺生は誰もしたくない、とは言ってもこのまま置く訳には行かない。さてどうしますか猟友会の会長に一任することにした。
会長が会員に射殺させるか、と言ってみたもののお盆中は誰も殺生はしたくない、といってもこのまま置く事も出来ない。熊頭領が、夏熊は油が無いので鍋にしてもおいしくないぞ、そういうこと、集まった会員は全員が熊を仕留めたものばかり、熊の性格はよく知っている。この熊さんはよほど運の悪い熊さんである。
さてこの熊さんをどうしようか、みんなが四苦八苦していた。わなに入っている熊さんも人間様の話声を聞いて暴れ出してき た。このままでは危険になる恐れがある、いざと言う時のことを思い会員を見回したら誰一人銃を持っている者はいないではないか。当局は自動車に積んではあるがその場所では使用できない。
誰も銃を持っていないのか、駆除するにどうしようと思っているのかと、会員に気合いを掛けているうちに若い者が、私が持ってきていますとの事、これで一安心である。さてこれからどうしますか、私はお墓参りに行きますので後はお任せします。
その後、夏グマにしては、うまい鍋に舌鼓を打った。